「自分のすべてをさらけ出せるようになりたい」

「自分のすべてをさらけ出せるようになりたい」

私が出会ったのは、それから数年後の彼だった。たまたま雑誌の企画でアルコール依存症の取材をしていたとき、あるカウンセリングルームを訪問し、そこの古株として彼を紹介された のである。

薬物と心理カウンセリングにょる讓を忍耐強く続けた結果、すでにその頃には、蜃の終盤を迎えていた。体力は十分に蘇り、スポーッジムに毎日通って筋トレや水泳に励んでいると、うことだった。日焼けサロンも欠かさないという。歯も強力歯磨き粉でゴシゴシ磨いて真っ白である。髪は薄茶色に染めていた。第一印象は、カッコいいサ彳ファ1、あるいはホスト。まさに病気の反動としての「健康」を演出している田島さんであるが(本当に極端な人だと哑 然とするが)、まだ社会復帰は果たしていなかった。ブランクをはね除けて職を見つけるほどの気力はまだ整っていないらしかつた。

最初のィンタビューのとき、カウンセリングで話し慣れている田島さんは、臆することなく、ときにはジョークを交えながらアルコール依存の体験を語ってくれた私はくレくレ弓き込まれ、気がっくとテープニ本分くらいの録音をしていた。しかし原稿を書いた後は記憶の片隅に良いやつていたのだが、£0の取材を始めてから急に田島さんのことを思い出したのである。

あの長いィンタビューの合間に、彼が突然「ここからは録音を止めてくれ」と言い、ぼそぼそとEDの悩みを吐露したのを私は微かに覚えていたのだ。しかし、録音さえ許してくれなかつた悩みを書かせてくれるわけがない、そんな申し出をしたらキレてしまうかもしれないという不安が頭をもたげた。

久しぶりに田島さんに電話をかけて、恐る恐る事情を説明した。すると、「書いてもいいよ、あんただつたら」と、拍子抜けするほどあつさり取材を許可してくれた。幸運にも、以前さし あげた拙著を気に入つてくれていたらしい。

さつそく都内の喫茶店で再会して、EDについての話をじつくりうかがつた。当初は気恥ずかしそ/っに伏し目がちで、周囲をちらちらと気にしていたが、話し始めて数分後には堂々とし た田島さんに戻つた。

しかしながら、アルコール依存症の治癒とは裏腹に、EDの具合はぜんぜん良くなつていないということだつた。女性に対する興味、そして性欲はだいぶ戻つてきているが、「どうせできない」という強迫観念は根強く残つているという。こればかりは実体験を通して解消していくしかないのだろう。だが、彼の話を丹念に聞ていくと、EDに対する考え方や態度が変化 していくような兆しを感じ取ることもできた。

「当寺そういう中二なつた女にさ、『俺、昔こういうことがあつて、きちんとセックスしたことがないから』つてい、っようなことを^れればよかつたんだけどな。もしかしたら、『気にしなくていいよ』とか『私、治してあげる』みたいに言ってくれたかもしれないんだけど、結局 俺、いつも言えなかったから。あやふやにしたまんま、自分の頭の中だけでいじけていたから。でも、最近、殼を破らなきゃと思うようになったんだ。どっかで言えないと、女の子に」「そうですよね。まず、言える関係を築くことですよね」と私。

「、っん。自分のすべてをさらけ出せるようになりたい。そ、っいう気持ちにさせてくれる女が現れないかぎり、俺はダメだろうね。でも、そんな女いないよなあ」

私は彼を励ますためだけに、あまり無責任なことを言いたくなかったので、黙っていた。この広い世の中にはそういう女性も存在するだろうが、彼が出会うかどうかは神のみぞ知ること だ。

恐る恐るではあるが、バィアグラなどによるED治療の選択肢もいちおう勧めてみた。案の定、「そこまでやろうとは思わない」と一蹴された。主治医にも勧められているらしいが、断り続けているという。「そこまで本気にさせる相手がいないんだから、意味ないじゃん。要は女次第なんだよ」

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